ユリーカは、長野県へのUターン・Iターンによる ニアショア開発「ナガノショア」として 一緒に働いていただくエンジニアさんを探しています。

長野県塩尻市で、プログラマのUターンIターン採用を積極展開中!株式会社ユリーカです。

ユリーカは、スタッフの
約2割がUターン・Iターン
構成された
創業35年超の、
長野では老舗のシステム開発会社
です。

単なるニアショア企業に留まることなく、
長野県内と首都圏のパートナーとの強い連携に基づいて、
業務系からWeb系に至るまで、
多様な分野のシステム開発を行っています。

Iターン転職者インタビュー

長野県へのIターン採用で入社した藤田さん

藤田 正明Masaaki Fujita

2017年入社 / エンジニア / IT事業本部 本部長

大阪府出身。大手メーカー系SIerに新卒入社し、エンジニアとしてのキャリアをスタート。
金融機関向けの勘定系システムなどを手掛ける。その後、大阪にUターン転職し、マネジメント経験を積んだ後、ユリーカにIターン転職。IT事業本部 本部長として技術部門を統括している。

Iターン転職を決めた理由を教えてください。

「安曇野で暮らしたい」。その想いを強く持っていたからです。私自身は大阪生まれ・大阪育ちでしたが、幼いころに連れて行ってもらった旅行の思い出が強く印象に残っていました。見渡すかぎり、美しい田園風景が広がり、きれいな空気と美味しい水が当たり前にある……。その魅力に惹かれて、大人になっても頻繁に安曇野を訪れていました。妻とも「いつか、こんなところで暮らしてみたいね」なんて話していたくらいです。

藤田さんがIターンで働こうと心に誓った長野の景色

Iターン転職をする上で重視していたこと、懸念していたことを教えてください。

重視していたのは「安曇野から通勤できること」。懸念していたのは「仕事があるかどうか」でした。エンジニアとして10年以上キャリアを積んできましたから、今さらまったく違う世界に転職するのも、もったいなかったですしね。職探しや準備期間に1年近い時間を費やしましたが、ユリーカに出会えたことで念願の生活を実現することができました。

ユリーカを選んだ決め手は何でしたか。

当然、エンジニアとして勤務できればどこでもいいと考えていたわけではなく、仕事の内容はどんなものか、生活していく上で最低限必要な収入を得られるかなど、総合的に判断しての結果です。
実際に心を決めたのは、社長と面接し、お話した時ですね。これまでの成功事例を踏襲するだけでなく、「常に新しいものに挑戦していこう」という気概を感じることができました。当社が推し進めている「長野ショア」というニアショア開発事業は、その代表的なものだと思います。

現在の仕事内容について教えてください。

IT事業本部 本部長として、各プロジェクトはもちろん、組織やメンバーの統括を担当しています。前職と変わらない重要な役割を任せていただいていることに感謝していますし、この会社を大きく発展させたいとやりがいも大きくなりました。また、ユリーカでは、長野に製造拠点を置く大手メーカーを中心に、各種企業、自治体など多様なお客様の案件を扱っています。開発するシステムも会計から生産管理、製品評価などさまざまですから、常に新たな発見と成長機会を得られると思いますよ。

報酬・待遇面でのギャップはありましたか。

やはり、前職と比べると報酬は下がりました。ですが、私の場合は「安曇野で暮らす」という目的があっての転職だったので、その代わりに得られたものは、報酬以上に大きいと思っています。大都市で勤務していた時は終電・徹夜が当たり前でしたが、今はほぼ毎日、家族と夕食を共にしています。通勤も車で40分ほどかかりますが、ストレスフルな満員電車に乗ることもありませんからね。リフレッシュするいい時間になっていますよ。

念願の「安曇野ライフ」。どのような毎日を過ごされていますか。

夏は家庭菜園での野菜づくりや庭の手入れに夢中になって、冬は長野ならではのウィンタースポーツに熱を入れ、子どもたちとスノーボードに出かける……。大都市ではできない生活をめいっぱい楽しんでいます。いちばんの変化は、家族と過ごす貴重な時間が増えたことです。私にとって、Iターン転職は会社を変えることではなく、「生き方を変えること」でした。いろいろと大変なことはありますが、夫婦で、親子で「よかったね」と言える決断だったことは間違いありません。

藤田さんの長野での暮らしはライフワークバランス重視型

求職者の皆さんにメッセージをお願いします。

人生は一度きり。そして、自分だけのもの。何を大切にして、何を捨てて、どう生きるかは人それぞれです。私の場合は、「安曇野で暮らしたい」という想いを何よりも大切にし、今の「生き方」を手にすることができました。もしも、ユリーカという会社が「皆さんの望む生き方」を実現できる場所になるのであれば、それ以上に嬉しいことはありません。当社のビジネスをさらに発展させ、「長野=IT開発」という新たな価値を創造することで、より自由で、幸福なエンジニアの道をつくっていきたいですね。

株式会社ユリーカ IT事業本部 本部長 藤田 正明|大阪から長野へのIターンで、2017年から勤務

ユリーカのUターン・Iターン支援制度

1. お試しユリーカ!

1. お試しユリーカ!

いきなり見知らぬ土地に移住して暮らすのは不安ですよね。
そこで、「長野にUターン・Iターンしたいけれど、実際どういうところ?」とお思いの方に、ユリーカのオフィス環境や拠点の塩尻市などを実際にご覧いただくツアーをご用意しています。
ぜひ、観光がてら、ご家族と一緒に長野へ見学にお越しください。
現地では代表の青山がご案内いたします。

4つのポイント
  • 1家族あたり最大5万円分の交通費&宿泊費補助をご支給!
  • 開催日時はすべて個別に調整!
  • 拘束時間は半日程度、あとは自由に信州旅行を満喫していただけます。
  • もちろん、見学の結果「やっぱりちょっと…」という場合でも、返金不要です。

制度の詳細をお知りになりたい方はお気軽にチャットやフォームからお問い合わせください。
※ご支給には条件があります。

2. 信州移住手当

2. 信州移住手当

いざ長野に移住するとしても、引っ越しにかかる費用でためらってしまう方に、引っ越しを支援する補助制度をご用意しています。

県外から長野に移住する方を対象に、最大15万円、引っ越し代を補助致します!

制度の詳細をお知りになりたい方はお気軽にチャットやフォームからお問い合わせください。
※ご支給には条件があります。

ユリーカのスタッフ構成

地元出身者とUターン・Iターンメンバーがそれぞれ活躍!

現在の長野本社がある 中信地区 の出身者が圧倒的多数!
他地区出身者も活躍しています。
そして、社員の22パーセントが、長野県へのIターン・Uターンです。
(2018年現在)

ユリーカのエンジニアは32%が長野県へのUターン・Iターン採用です。

長野県は塩尻市、松本市、岡谷市、安曇野市、伊那市を始めとした中部地区に住まうスタッフが多いです。

技術者男女比

ユリーカは女性のプログラマが活躍する職場です。

女性の技術者が多く活躍しています!
(一般的には8~9割が男性)

ユリーカ全社員の男女比
73% 27%

技術職年齢

ユリーカは幅広い年代のプログラマが活躍する職場です。

20~40代の技術者が活躍しています!
定着率は80%!

全社員職種別割合

ユリーカは専門性の高いプログラマで構成された職場です。

主力は技術者。技術、営業、事務が一丸となって取り組んでいます!

詳しく見る

働く環境

周辺環境

  • ユリーカ本社の最寄りは、長野県塩尻市の広丘駅です。

    最寄りの広丘駅

    長野本社までは、JR篠ノ井線広丘駅から徒歩5分。自家用車通勤者が半分以上ですが、最寄駅から近いので、懇親会やプロジェクトの打ち上げ時の電車通勤にも便利です。
    有人改札のアットホームな駅で、PASMOやSuicaは利用できないので東京からの出張時には要注意です。

  • ユリーカ本社は、ショッピングモールの3階にあります。

    広丘ショッピングタウン

    長野本社は、地元ではGAZAで名が通っているショッピングセンターの3階にあります。
    1階にはスーパーやフードコート、ドラックストア、2階には専門店(衣料品、100円均一、本屋)と日常生活とオフィス生活に必要なものがすべて揃います。物産展などのイベントも開催されます。

  • ユリーカ本社の屋上から見た長野の景色です。

    屋上から見える長野の山々

    オフィスフロアから直結している屋上車上からは、長野の山々が一望できます。
    一服しながらリフレッシュする社員も多く、立ち話から良い発想が生まれることもしばしば。

  • ユリーカ本社から車で30分のところに松本城(国宝)があります。

    国宝 松本城

    長野本社から松本城までは、車で30分。春には皆でお花見をします。松本城のライトアップされた夜桜は全国でも有名。白鳥が羽を休めるお堀や、水面に移った天守閣は、フォトジェニックです。周辺には商店街や飲食店が多くあり、リフレッシュには最適です。

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代表挨拶

Uターン・Iターンをお考えのエンジニアさんへ

株式会社ユリーカ 代表取締役 青山 雅司 株式会社ユリーカ 代表取締役 青山 雅司 代表取締役 青山 雅司

株式会社ユリーカは、私の父が1981年に立ち上げた会社です。
長野県塩尻市で創立しましたが、当時の情報通信業は、東京に事務所がないとトレンドを掴めなかったこともあり、間もなく本社を渋谷に移しています。

時は流れて2018年、私が会社を継いで、5年が経ちました。
東京のメーカーやベンチャーで揉まれた私の目には、長野のIT企業をとりまく環境は「好材料」が多く映っています。
・車通勤で、満員電車のストレスから開放されている。
・転職率が低く、ノウハウが溜まりやすい。
・県外からの移住者が多く、コミュニティが排他的ではないため、地域に溶け込みやすい。
・自然やアクティビティだらけ。
・水がうまい、米がうまい。
・土地が安い、家が安い。
・東京へのアクセスが意外と楽で、行こうと思えば1本。
まさに長野は「将来性の塊」です。

仕事が都会に集中している状況は以前と変わりませんが、今の時代のテクノロジーは「作業場所」という制約から開放してくれます。
IT企業であるユリーカは、それらテクノロジーを率先して利用しており、プロジェクトによっては「キックオフからリリースまで一度も会議室でのミーティングをしない」こともあります。

今までのIT業界は東京が中心に回ってきました。ですが、今後は、作業場所という制約から開放されていくにつれ“地方じゃなきゃできない事”もたくさん見えてきています。
ユリーカで考えているプロジェクトは、IoT農業法人の立ち上げ・山奥のサテライトオフィス・自然の中の企業保育所など、さまざまです。考えるだけでワクワクしています。

今夏、ユリーカは、30数年ぶりに本社を長野県にUターンさせました。
第二創業として、これから始まる新しい時代の「EUREKA!」を、長野で一緒につくりませんか?